こどものちから   New !


大学の授業で、「ジョン・ボウルビー」という人の「愛着理論」について学びました。

ボウルビーは
乳児は母親と愛着を形成するようになっている、
子どもは一定の養育者と親密な関係を保持しなければ後々社会的・心理的な部分で問題が起こりうる
としています。

このことから、保育園・幼稚園で母親と離れたときのために
保育における「担当制」が生まれました。

しかし進級のときなどに担当と離れることが大変であったりすることから、
最近では、食事や排せつの時だけ担当の職員が行う、「ゆるやかな担当制」というものもある、
と授業で聞いたことを覚えています。
学生当時は「ふ~ん、なるほど!」と思っていたこの話。

今は「んんんんん???????」と疑問がいっぱい浮かびます冷や汗 (顔)

担当制をとってその子と保育者の気が合わなかったら?
担当している子ども達がそれぞれ違う事をしたかったら?
担当の保育者は誰につけばいいのでしょうか。

また、担当を一人に決めてしまったらその人ひとりしか知れません。
昔は兄弟がたくさんいたり、地域で同い年の子どもがたくさんいて子ども集団がありました。
その中で社会性を学んでいければよかったのです。
しかし今はなかなかそういった状況が作りづらくなってきています。
その中でさらに担当制を取ってしまったら子ども達は本当に限られた人間関係の中のみで生活していくことになります。

そのため、当園では、子どもにつくのでなく、場所に職員がつくようにしています。
子どもはルールの中で自分たちで様々な事を選択します。
例えば自発的活動では開いているゾーンの中から行きたい所を選びます。
開いているゾーンにはそれぞれ職員がいます。
(345stageではその日開けるゾーンも自分たちで選んでいますよ!)

また、ボウルビーの愛着理論についても、崩れてきているそうです。

先日の研修でも「愛着障害」は親と離れたからではなく、
子ども集団での関わりが足りないとおこる、
愛着とは母親とずっと一緒にいる事ではなく
母親という存在がいることで安心して離れていけること、学びました。

もちろん、お母さんとの関係はとっても大切です。
だからこそ、保育者はどうしたって母親の代わりにはなれませんよねほっとした顔

よって、保育施設に求められることは、家庭の代わりでなく、社会のかわりになる子ども集団。
保育者も母親代わりではなく、子ども同士をつなぐ存在になることが望まれるそうです。

ダイフク満月

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